十八話「Moonlight」深い森の中、アシュタルは川辺で月を見上げていた。じくじくと先の戦いで負った、痛む傷を、アシュタルは服の上から抑えた。 あの後、目を覚ました時には疲れ果てて眠っているステアと意識が飛んだ後の説明をしてくれたレイトと言う人物。 「無謀な戦いを挑んだのではないか…」と言い、騎士の忠誠の様に片膝を付いて、謝った少女。 「ここまで逃げて来られたのも、あの少女のおかげだ。」といつもの口調で言ったリーフ。 そのときの言葉を頭の中で反芻しながら、アシュタルは川辺に足を運んだのだった。 サラサラと心地よい音を立てて、下流へと流れていく水。 その水の中を、気持ちよさそうに泳ぐ魚を見て、アシュタルは目を細めた。 「……。」 『諦めろ。』 「………ッ!」 不意に、空耳のように聞こえた声に、アシュタルは目を見開き、後ろを振り返った。 背中にこうもりのような黒翼の生えた自分がこちらを見ている。 だが、その姿は掴み所のない霧のように、薄く、後ろに生えている森の木々が透けて見えるほどだった。 『お前にはもう、守れないって事くらい分っているんだろ?諦めたほうが楽だぜ?』 「違う…!俺が不甲斐無いばかりに…!」 『諦めろ。お前は今も、心のどこかで諦める事を望んでいる筈だぜ?』 『早く諦めてあの女を奴らに手渡してしまえば、お前がそんな傷を負う事も無かった…』 耳元で聞こえた同じトーンの声に思わず反対側を振り向き、一歩後ろへと後ずさりする。 何時の間にか背後に現れていたのは昔、世界に名が知れた剣士として旅をしていた頃の自分。 『いつから、そんなに弱くなった?』 『出逢わなければ、そんなに弱くなる事も無かった筈だぜ?』 「違う!出逢ってよかったと今でも思って…ッ!」 『出逢わなければこんな運命に、身を投じる事も無かった筈だ。』 「……ッ!!出逢わなければ、他の奴らとも出会わなかった!ステアに出逢って、俺は…!」 『あの女は自分じゃ復讐出来ないと踏んで、お前を利用しただけだ。』 黒翼の生えた自分が言う。 「違う!ステアが俺を必要とした…!だから俺は…!」 アシュタルは耳を塞ぎ、硬く目を瞑った。 『一度でもあの女が戦った事があったか…?』 「う…あ…!」 剣士の頃の自分が、そう言う。その言葉にアシュタルは目を見開いた。 『お前は魔族でもない。』 悲観に満ちた表情で、旅をしていた頃の自分が言う。 「やめろ…」 『ましてや、人間でもない。』 口元に笑みを浮かべ、黒翼の生えた自分が言う。 「やめろ…っ!」 二人の声が重なる。耳を塞いでいても、頭の中に二人の自分の声が響く。 自分を中心に、周りの風景がぐるぐると回る。 《吐き気がする……!聞きたく…ない…聞きたくない…!聞きたくない……ッ!!》 『『そう、お前は二つの種族のハーフなんだよ。混血のクセに、人を守ろうなんて、大それた事を口に言うな…今のお前じゃ、誰一人守ることすら出来ないんだよ。』』 「やめろおおぉっっ!!」 アシュタルの悲痛な叫びが森に木霊した…。 ※ 「んん…?」 ふと、ステアが目を覚ます。そして、寝ぼけながら体を起こすと、ふと、川辺のほうに視線をやった。 「йуаюнля…」 龍語で何かを呟くと、ステアは毛布を被りなおし、再び寝転がった。 りぃ、りぃん…と虫が鳴く声がする。 ステア達から離れた川辺で、アシュタルが耳を抑えて蹲っていたのを月だけが見ていた……。 ジャンル別一覧
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